2021 day106

今週から幼稚園が始まり、今日は妻の都合で代わりに自分が有休を取って、息子の送り迎えをすることになった。

息子を自転車の後ろに乗っけて幼稚園に着くと、もうすでにたくさんの子たちが登園していて、その数に改めて大きな幼稚園だと感じた。小さめの小学校並みといったところか。

ママ友たちが井戸端会議を開いている脇を通り過ぎ、園庭を歩いて息子を2階にある教室の前まで連れて行く。

教室の前には担任の先生が待っていて、そこで引き渡してお別れ。「お預かりしまーす」と言われたので、名残惜しかったが「じゃあね」と息子に挨拶しその場を離れた。

でも、息子が心配だったので、廊下の端で振り返り、息子の様子を見守った。息子は自分の下駄箱の前まで誘導され、上履きに履き替えていた。息子はしばらく先生を見ていたが、先生が他の子のママさんと話し込んでいたので、ひとりで教室に入って行った。入るところで息子は自分がまだいることに気付き、手を振ってくれた。自分は思わず息子に駆け寄り両腕を広げた。息子がこちらに来てくれたので、ギュッと抱きしめた。

もう一度「じゃあね」と伝えると、息子はあっさりと踵を返した。それでも名残惜しかったので、また廊下の隅から教室の中の息子の様子を見ることにした。

息子は他の子たちやおもちゃの箱をちょっと考えるような様子で眺めてから、おもちゃに手を伸ばした。楽しく過ごせるかな。嫌な思いはしないかな。そんな心配が頭の中をグルグル巡る。

両手におもちゃを持った息子は自分の視線に気付き、もう一度手を振ってくれた。そしてすぐに遊び始めたので、自分もその場を離れることにした。

あー、寂しい。

妻が息子と離れるとすごく寂しいと言っていたが、その気持ちがよくわかる。とても心配だし、とても寂しい。自分はふだん仕事で丸一日息子と離れているが、ここまで寂しいとは感じていない。早く帰って会いたいとは思っているが。しかし、息子を幼稚園に送り出すと、これほどまでに寂しい気持ちになるのか。いやぁ、別れが本当に名残惜しい。

 

今は慣らし中だから、幼稚園は午前中に終わる。お迎えまでの2時間半、特にやることもないので、ひとまず隣駅の蕎麦屋で朝食を摂った。かき揚げ蕎麦。立ち食い蕎麦屋だけどカウンター席のある店。数店舗しかないチェーン店で、ローカルな立ち食い蕎麦屋だからと侮ってはいけない。つゆは鰹出汁がよく効いていて、最後まで飲み干してしまうほど美味い。蕎麦も蕎麦の実の香りがしっかりとして、喉越しもよい。引っ越す前の地元の駅近に別の店舗があり、そこにはしょっちゅう通っていた。最近になって、今の住まいの隣駅にもこの店があることを知った。ここの春菊天が好きなのだが、今朝はかき揚げにしてみた。変な油っぽさはなく、サクサクヒタヒタ、美味しくいただいた。

食後は、radikoを聴きながら30分くらい散歩。それから家に帰り、朝のワイドショーを観ながら雑用を済ませると、すぐにお迎えの時間。自転車で幼稚園に向かう。

 

園庭に入ると、2階の教室の手すり越しに息子の姿が見えた。帽子のリボンが頭の後ろにくるべきところ、なぜか顔の脇から垂れ下がっている。あんなマヌケな被り方をしている子は他にはいない。うちの子だ。

息子はこっちを向いていた。手を振ってみたが気付いてくれない。よく見ると、息子は隣の組の子たちに混ざってしまっていた。ああ、早く自分の組に戻らないと置いてかれるぞ。焦る。園児たちは担任の先生に引率されて、保護者の待つ園庭に並ぶことになっている。組ごとに移動するから、早く戻らないと置いてきぼりにされてしまう。焦る。

と、何かの拍子で本人も気付いたのか、走って自分の組の集団に戻って行った。ホッとする。

先生がやってきて、子どもたちをまとめ始めた。うちの子はどこだ?ちゃんといるかな?

息子はこちらに背を向けて、クラスの中に半分体を入れていた。

何してるんだ?

よく見ると、まだ体操着のままの延長保育の園児たちが数人見えた。息子はその子たちのほうを見ている。微動だにせず。

そして、先生はそれに気付かぬまま、園児たちを連れて移動を始めた。息子の組の子たちはかたまりになって階段を下り始めた。息子は先ほどと同じくこちらに背を向けてじっと立ち尽くしている。

おい、早く気付け!みんなに置いてかれるぞ!

心の中で息子に叫ぶが届くわけもなく。とうとう園児たちは園庭に下りて来て、自分ら保護者の前に整列してしまった。クラスの前には息子の後ろ姿が寂しく残っている。

先生が園児たちの列を整えて、保護者へのお知らせの準備を始めた。息子よ、早く動け。ヤキモキして念を送り続ける。

すると、息子は突然振り返り、周りを見回し、みんながいなくなっていることに気付いた。急げとばかりに廊下を走り、慎重に階段を下りた後また走って、みんなの列に加わった。ああ、もう、ヒヤヒヤさせられる。ホッと胸を撫で下ろす。

ホッとしたのも束の間、すぐそばにあるミニサッカーゴールのネットをいじって遊ぶ我が子。それを嗜める先生とクラスメイトの園児(ちょっと強そうな子)。2、3度注意されて腕を引っ張られてもミニゴールに行ってしまうので、ついに先生はキレ気味に足で地面に線を引き、ここに立っていろと指示をした。距離が離れているので声は聞こえないが、雰囲気から先生がキレているような感じは伝わった。うちの子、結構厳しく扱われてるんだな。後前逆に被っていた帽子も、先生が手際よく直してくれた。いや、良く言えば手際よくだが、悪く言えば優しさは感じられなかった。

先生が保護者に今日何をしたのか説明を始めた。自分は耳だけそちらに貸したまま、息子の様子をじっと見ていた。

さっき息子を注意した強そうな子の後ろに息子は立っていた。親の姿を探しているのがわかる。手を振ってあげるとすぐに気付いてくれた。嬉しそうに手を振り返す我が子。かわいい。

列に並んでいるうちに、マスクを下ろしては手のひらを鼻と口にくっつける動作を何度も繰り返し始めた。息子の悪い癖だ。あれ、やめてくれないかな。そう思っていた矢先、息子が両手で顔を覆っているのが見えた。

どうしたのだろう?ん?あれは……⁉︎

息子はその子の後頭部に向かって、思いっきりあっかんべをしていた。あっかんべの意味はきちんと理解しておらず、あくまでも変顔をしてふざけてるくらいの感覚なのだ。でもこれ、そんなことを知らない人が見たら、嫌な子だと思うだろう。特にその子の親が見た日にゃあ……。

その子も何か違和感を感じたのだろう。くるっと振り向いた。すると息子は、即座にあっかんべをやめた。異常が無かったことを確認してその子が前を向くと、息子はまたあっかんべをした。で、その子が振り向くと息子はあっかんべをやめる。

あいつ、あっかんべの意味わかってきたのかな?仲悪いのか?

その子は「おまえ、なんかやってただろう」的な感じで息子のことを見ている。息子は今度はその子に向かって指を差した。また悪い癖が出た。その子は「やめろよ!」と言わんばかりに息子の指をギュッと握りしめた。結構強く握ってそうだったので痛いんじゃないかと心配になった。なかなか離してくれない。よせばいいのに、息子は空いているほうの手でその子にまた指差しをした。何をやってるんだ、あいつは……。

そうこうしているうちに先生の説明も終わり、園児たちは挨拶を終えた後、1人ずつ名前を呼ばれて保護者のもとに帰って行った。息子の順番は一番最後だった。こちらに向かって歩いてくる。両腕を広げて迎えると、小走りにやってきて自分の胸の中に飛び込んだ。愛しい息子よ。幼稚園は楽しかったかい?

「パン食べよう」

お昼はパン屋さんに行こうと約束していたことを覚えていたようで、息子はそう言った。

「よし、じゃあ行こうか」

「うん」

手を繋いで門に向かった。息子の手は、小さくて柔らかくて、温かかった。この温もりが、とても愛しく感じた。