2019 day253

深夜。寝不足なのに、眠気はあるのに、なかなか寝付けない。あれやこれやを考えてしまうからかな。頭の中がリラックスできていないのかも。

隣で寝返りを打った3歳の息子が、肩にしがみついて寝ている。元気な寝息を立てて、手と足をからませてくる。

暗がりでもわかるほど近くにいる息子の寝顔を見つめた。前髪の隙間から覗くおでこも、長くてストレートな睫毛も、ツルンとした小鼻も、いつまでも見ていられる。

この子がそばにいてくれるなら、この人生は決して悪くない。

どんな夢を見ているのか、小さな手でぎゅっと腕にしがみついてくる。

究極の癒し系だな。

2019 day252

今朝は関東を直撃した台風15号の影響で、鉄道会社は運転見合わせや遅延のオンパレード。運転再開といったって、超間引き運転の乗車率200%なら、このまま半日くらい運休でもよかったのにと思う。普段は5分に一本来る電車が30分に一本しか来ないのなら、それは運転再開とは言わないでほしい。

こういう時に役立つのはSNSの情報だ。鉄道会社の運行情報ではわからない詳細が、人々のリアルタイム投稿で、各路線の状況がよくわかる。案の定、体調不良を訴える乗客がぽろぽろいたようだ。始発駅ならまだいいが、途中駅では電車に乗り切れず怒号が飛び交い、殺伐とした雰囲気の中、必死に通勤しようとする人々。自分も含め、日本人は生真面目というか愚直というか。最寄駅ではホームどころか改札の外まで人が溢れかえり、行列が駅の外まで続いていた。そんな中、カシャリカシャリと写真を撮る人たち。LINEで送るのかSNSに投稿するのか、とりあえずそれはやめてほしい。写りたくはない。

ところで、乗務員の人たちは朝から動けるということは、前日からの泊まり組がいたということなのかな?そりゃそうか。始発の運行は泊まり組がいないと成り立たない。出勤できない乗務員もいただろうから、大変だっただろうに。しかしそんなに頑張る必要はないよ。いっそのこと夕方まで運休でいいのに、とやはり思う。

それにしても、西武鉄道都営大江戸線はこんな時にも強い。大江戸線は直通運転もないしずっとモグラだからわかるが、西武鉄道はすごい。なんなんだろう、その強さは。どちらも自分の通勤経路ではないので関係ないが。

深夜2時半に強風が窓を打ちつけるガタガタという音に起こされて、そういえば玄関先に出してある傘立てと子供のストライダーは平気だろうかと心配になり、起きようか眠りに戻ろうかまんじりともせずいたが、安普請の家は台風のせいであまりにもうるさく、結局眠れず、3時ごろに布団を出て玄関を恐る恐る出てみると、案の定、傘立てとストライダーが倒れていた。自分自身が雨に濡れないように注意しながら表に出て、傘立てとストライダーを家の中にしまい込んだ。それからすぐに寝室に戻ったが、なかなか寝付けず、ようやく意識が飛んだと思ったらまた窓のガタガタいう音に起こされを繰り返し、まったく熟睡できないまま6時前には完全に目が覚めていた。

布団の中で電車の運行情報を調べながら、本社の上司からの連絡をチェックし、8時過ぎに職場に出勤状況を確認し、8時40分頃、いつもより1時間ほど遅れて家を出た。

で、前述の通り、最寄駅は駅の外まで長蛇の列。電車に乗るまで40〜50分かかった。それで職場に着いたのは11時過ぎで、寝不足の頭で状況確認と本社や客先への報告などをやっていたら、あっという間に夕方になっていた。そのせいで予定通りにスケジュールがこなせず、溜まっていた仕事のうちそれほど頭を使わない集計作業だけ家に持ち帰る羽目になった。残業してもよかったのだが、19時を回って、職場にいるのが嫌になり、仕事を持ち帰ることにした。それほどまでに今日はもう帰りたかった。

帰宅したら、飲めないくせに妻が神泡したいというのでふたりでビールを飲み、プラレールを片手にからんでくる子供と少し遊び、夕飯を食べて、1時間半ほどPCをカタカタやった。集計作業はまだ半分近く残っているがもうやめよう。疲れた。

明日は早めに出勤して朝一で納品しなければならない資料作成だ。テレビを観てから寝ることにする。もう完全にスイッチを切ろう。

2019 day243

『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』を公開2日目で鑑賞。新作映画鑑賞が1ヶ月遅れになっている最近にしては珍しく早いタイミングで劇場に行けた。

ずっと楽しみにしていたタランティーノの新作。いやー、よかった。出演者のクレジットを見るだけでテンションが上がった。ブルース・ダーンはいつ出てくるの?それだけでひとり大盛り上がり。冗長に感じがちなシーンも数多くあったが、そこはタランティーノならではの演出として楽しめたし、ラストに向けた誰もが知っている事件の予兆としてドキドキした。当時のハリウッド文化や世相をシネフィルのタランティーノが描くともうそこにはザ・世界観が所狭しと広がる。

車、馬、煙草、酒、LSD、ヒッピー、マカロニ・ウェスタン。ああ、クラクラする。

音楽と映像の融合が映画なわけで、そのミクスチャーが最高に気持ちよく、タランティーノは言ってみればサンプリングが超優秀なDJだ。

主人公2人の友情は胸熱でクール。落ち目の俳優の人生と彼の影として公私ともに最高のバディのスタントマンの人生が、じわじわ染み込む最高のバディ・ムービー。そして、例の女優の運命やいかに!いや、知ってるんだよ結末は。だからこそ彼女が自分の出演作品を映画館でニコニコしながら観ている姿は悲しいのだが、それもこれも全部タランティーノ流に回収して、バーン‼︎

やっぱ大好きだよ、タランティーノ

2019 day242

テレビで柔道世界選手権の決勝が生中継されているので観ている。柔道着に随分とスポンサー名がベタベタ貼り付けられているし、adidasの柔道着は肩にお馴染みのストライプが入っているし、外国人選手たちの抑えられない、いや抑える気もない感情表現がうるさいし、なんだかガチャガチャしている印象。日本人選手のような寡黙さや武道の神聖さは、世界選手権には感じられないけど、ワールドワイドになるということはそういうことなんだろう。

ところで、昨晩観た『天気の子』は、とんだ期待はずれで、映像美は流石だが(CGまるだしの花火はアニメ版『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』を思い出しいただけなかったが、雲、雨の雫、街の風景は素晴らしい)、プロットやキャラの落とし込みや演出は、物語の世界観に浸れるような出来栄えではなく、苛立たしさと気持ち悪さを感じただけだった。でも、東京に大雨が続いているという設定は、今年の6月下旬から7月いっぱいまで続いた長い梅雨とシンクロしていて、「さすが時代の潮流に乗っている人は持っているな」と思った。

どうも疲れているらしい。今日は眠気がひどい。

2019 day240

夏の終わり。

入道雲が遠のき、蝉時雨が薄まり、夕暮れの早まりを感じ始めるこの時期は、特別な寂しさに駆られる。物事には始まりがあれば終わりがある。夏の陽気さに忘れかけていたその事実が頭をもたげてくるのだ。

わかれ。脱退や離脱は、集団における個人または少数とのわかれだ。解散は、全員がバイバイでわかりやすい。

例えば、100人で共同生活をしているコミュニティーがあって、その生活がもう10年以上も続いており、一時は200人以上の規模にまで膨れ上がり、周囲の部族を圧倒していた時代もあった。ところが、日照りや台風で不作が続き、狩りの獲物も数が減り、さらにはほかの部族が台頭してきて領土の一部を奪われてしまうという悔しい目にも遭った。

集落の長は皆を食べさせるために自分の飯の回数と量を半分に減らし、皆もたまにおかずを一品減らしながら、それでもいつかはまたあの栄光をと強い信念を持って耐え凌いできた。もちろん、その間には反乱分子も生まれたし、夜逃げする者や敵に寝返る者もわずかにいたが、長の信念は揺るがず、集落の結束は強固だった。

秋の豊作を願って必死に働き祈祷もした。夏の緑色が秋には黄金色へと移り変わる様をそれぞれ思い描きながら、前を向いて生きてきた。

しかし、現実は厳しい。

努力は報われず、願いは叶わず、一度死んだ土に苗を植えても実は育たなかった。領土もさらに奪われてしまい、貯蔵庫の食糧も底を尽きた。いよいよ本格的に口減らしをしなければならない。

長は東西南北を守る4人の頭を集めて、部族の生き残りのために、断腸の思いで30人を切り捨てることを伝えた。ただし、その30人を見捨てるはわけではなく、長の親戚筋にあたる別のいくつかの集落へと移り住んでもらうことにした。

さて、その30人をいくつかのグループに分けて旅立たせるわけだが、それぞれにグループのリーダーを付けてやる必要がある。そのリーダーたちは、東西南北の頭たちの配下の強者から選出することにした。一方で、人を減らし形を変えながらも自分たちが生きながらえていくために、残さなければならない強者たちもいる。

誰を出し、誰を残すのか。長は東西南北の頭たちの進言を聞きつつ、集落の未来予想図を丁寧に描いていった。大枠の形を決めると、誰をどうするのかも見えてきた。しかし、それは大きな賭けであり、非情な決断でもあった。

長はひとり閉じこもり、何度も何度も結論を消し一から考え直しを繰り返し、悩みに悩んだ。夜を徹し、胃に不快感を催しながら、考えた。

そして、明日、集落の者たちへ通達する。混乱は免れない。夏の終わり、輝きの終わり。せめてわずかばかりの希望だけでも携えさせて送り出したい。

静かに夜は更ける。

2019 day233

反社会勢力の話からタレントとの契約問題に話が発展しチンプンカンプンな会見を5時間も行う大手芸能事務所社長がいたり、あおり運転に留まらずさらには暴力を振るう輩がいたり、国を挙げて嫌日運動を繰り広げ航空機を運休させる国があったり、総理官邸で結婚発表をする国会議員がいたり、タピオカを貪るだけでなく遂にはランドマーク化してみたり、世の中いろんなことが大なり小なりあるけれど、本当に重要なニュースっていったいなんなんだろう?と我に返ってみれば、やはり生活のことや仕事のこと、足下につながる話が一番大事だ。

ジリジリの夏も一旦落ち着き、曇り時々雨のここ最近、自分の気持ちも天気模様と同期している。家庭に関していえば子供のことや住まいのことなど抱え続けている悩みはあるが、今は仕事における悩みのタネが大きくて多すぎて、それが時に心の中に雨をザーザーと降らす。

今後の収支の組み立てと、体制の再構築、運用の整理、そして何よりも人員調整が脳内の8割を占めている。普段は通勤途中でradikoを聴いたり動画を観たり本を読んだりしているが、この数日は、どう説明しようか、誰を残そうか、異動させる人の受入先とのマッチングをどうしようか、などということをずっと考えている。

そんな調子で帰宅しても仕事のネガティブなことが頭から離れず全然リラックスできないので、無理やり気分を変えるために、最近加入したNetflixで『全裸監督』を痛飲しながら観ている。今の時代の地上波ではできないことを思いっきりやっていて、ちゃんとお金もかけて制作しているので、刺激もエンタメ性も完成度も高く、前評判を上回る面白さに舌を巻き、脳内麻薬がバクバク出てきてしまう。

村西とおる黒木香がテレビに出て茶の間を沸かせていた80年代後半はまだ子供だったので、彼らがエログロ的な存在であることには感づいていたものの、その実態は知らなかった。クリスタル映像やらハメ撮りやらを知るのはもう少し後の話だ。はっきりとわかっていたことは、ふたりとも奇人変人の類であるということだった。

村西とおるを見ると藤岡弘、を思い出すのはきっと顔貌が似ているからで、同じように黒木香とセットで思い出すのは池上季実子。子供の頃にテレビで観た混濁とした記憶が混ざり合う。

ヒット商品はいくらでも二番煎じ三番煎じが登場出するのが世の常だが、彼らのフォロワー的な存在を知らない。AV業界にはもしかしたらいるのかもしれないが、テレビ業界にはいるのだろうか?と考えてみる。すると、黒木香のフォロワー的な存在に思い当たった。

壇蜜だ。

丁寧な言葉遣い、礼儀正しい佇まい。才女でありつつ、エロティシズムを武器にしている。潤いがあるけれども凛とした瞳を持ち、全身から溢れ出す背徳感はまさしく愛人キャラ。方やキリスト教、方や仏教と、宗教に通じているところも共通している。壇蜜にはワキ毛はないが、生やしていても違和感を感じさせない。蝋人形のようなAIロボットのような作り物じみた雰囲気も似ている。

ああ、そうだ、壇蜜だ。そうかそうか。なんか腑に落ちた。ところで黒木香は今どうしているのだろう?

そんなことを考えてみたりすることで頭のスイッチをオフにして、今宵も『全裸監督』を視聴する。もちろん片手にはグラスを持って。

2019 day220

昨日、客先から今後の展開についてようやく連絡があった。その内容は描いていたシナリオの中で一番最悪のものだった。

今朝、客先の担当者のところに行き詳しい話を聞いた。決定に至った経緯を確認し、感謝を述べて部屋を出た。その後、上司たちと会議をして今後の方向性を協議した。

大枠の形としては喜ばしいことではあるのだが、その中身がうちにとって不利なことだらけなので、本音を言えば会社に断ってもらいたかった。ただ、会社も客先の意向を受け入れたわけだから、あとはこちらで最善の策を練って前進するしかない。

正直、しんどくなるだけの話で、前年度下期とは別の混乱が待ち受けていることは確実だ。気が重い。

この1ヶ月半の間にいろいろ整理しなければならない。運営の設計をし直し、メンバーを選定し、余剰人員の行き先を決め、運用の再構築をする。関連の事業所とも話を詰めなければならず、だいぶ厳しいことも言わざるを得ないだろう。

そんな今、Netflixの『サバイバー』を観ている。なんとなく、キーファー・サザーランド演じる大統領の姿に自分を重ね合わせながら、熱い気持ちで観ている。大統領、がんばれ。