読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

フレンチアルプスで起きたこと ※ネタバレあり

これは、男としての威厳の失墜と復権の物語。

フレンチアルプスに5日間のバカンスに出かけた夫と妻と娘と息子。冒頭の写真撮影のシーンに表れているが、この4人家族は一般的に誰もがイメージし得る型通りの幸せ家族だ。

仕事人間のお父さんはそれなりの収入を得ている一家の大黒柱。お母さんも恐らく仕事は現役だろうが家庭のこともきちんとこなして両立させている。娘はしっかり者。息子は甘えん坊。

絵に描いたような幸せ家族。

自分たちに課された役割を全うすることが自分たちのアイデンティティを保つことにつながると、自覚し実践している。社会にあるべき正しい姿を演じているわけだ。

その「あるべき姿」は言い換えれば「保守的」ということになる。規範からはずれたものは徹底的に否定する。それが保守派の考え方だ。だからトマスもエバも苦しんだ。

仮にエバが、ひとり気ままにバカンスに訪れゲレンデで見つけた男をとっかえひっかえして楽しんでいるあの女性客のように、「◯◯はこうあるべき」という頑なな考え方がなかったとしたら、今回のような悲喜劇には発展していない。

f:id:jiuramsey:20150727010829j:image



スキー場のレストランのテラスで幸せ家族がのんびりランチを取っている。そこへ、爆発音。空砲によって人工的に雪崩を起こし被害を抑えようという、フレンチアルプスのスキー場では一般的な手法らしい。しかし、雪崩がちと大きすぎて、レストランの手前まで迫ってきた。このままテラスにいれば間違いなく飲み込まれてしまうと誰しもが思うほどの迫力で襲いかかってくる。

そのときに取ったトマス、エバ、それぞれの行動。

トマスが家族を置いて一目散に逃げる姿は、観客の視点からは呆れながら笑っていられる。しかし、実際に雪崩のような予期せぬアクシデントに自分が見舞われたとしたら、トマスと同じ行動を取らないという保証はどこにもない。もちろん、男として、第一に家族を抱きかかえ守るという信念とプライドはあるし、きっとそのように動くだろうと確信はしている。でも、そんな自分への期待も、呆気なく裏切られることだってある。

まさにトマスの身にそれが起きた。家族の中心にいて家族を支え家族を守る絶対的存在だとトマス自身そう信じて疑わなかったはずだ。それが蓋を開けてみたら、どうだ。臆病者でズル賢くてうす汚くて全く役にも立たないしょうもない奴、と自分のことを罵るほどにひどい有様だ。

でも本作でトマスに起きた悲劇は、「男としてあるべき姿」の幻想が砕かれてしまったことではない。

家族はもとより自分の期待さえ裏切った自分自身の行動を恥じ、なかったこととしてしらばっくれようとし、挙げ句の果てに怒りを通り越して泣き喚きグズる……という行動を取ってしまったトマスは実はそのあとエバに泣きの一回的なチャンスを与えてもらっているのだが、その妻の威厳に結局負けていることにトマス自身が気づいていないということこそ、トマスがこの後の人生も引きずり続ける悲劇なのだ。

雪崩のあと、夫婦間で、あるいは家族間で、お互いにギクシャクして数日が経ち、限界を迎えたトマスは突っ伏して泣いた。子供のように泣きじゃくる夫を目の当たりにしてエバは呆れた。パパが泣いてる姿を見て悲しくなった子供たちが、トマスに寄り添って一緒に泣いた。子供たちなりに一生懸命慰めようとしているのだ。それを見てエバはさらに呆れた。

翌日。バカンス最終日。家族で最後のスキーを楽しもうと、半ば義務的にリフトに乗る4人。

家族のテンションを表すように天気は曇り。雪も降っている。山の上は案の定視界が悪く、数メートル先すら真っ白で何も見えない。

そして、見事にエバがはぐれる。

エバを呼ぶトマス。微かに聞こえるエバの声。トマスは今度こそ勇猛果敢にエバを救いに行く。やがて、プチ遭難をしたエバをヒーロー然として抱きかかえて子供たちの元へ戻ってきたトマスは、満足げな笑みを浮かべてこう言った。

「大丈夫だ」

子供たちに言い聞かせるように見せかけて、実のところ自分自身に言っているのだ。昨晩泣き腫らした顔はどこへやら。自信を取り戻したトマスの口元はニンマリしていた。男のメンツを復活させたぞと。……きっとプチ遭難はエバがわざと隠れていただけだろうに。

最後のバスのシークエンスで賢いはずの保守派のエバが取った行動は結局誤っていたわけだが、それでも奇妙な一体感を持って山を下りていく彼らの姿に笑ってしまう。特にトマスのあの男らしい表情。普段は吸わないであろうタバコを勧められ口にくわえているときのあの表情。「パパ、タバコ吸うの?」なんて息子に訊かれて「そうだよ」なんて答えちゃってる男っぽい感じ。そんなトマスのことを「可愛らしいオトコね」なんて決してエバは思わないだろう。それが現実だ。