初めてのギター

祝日の午後、とある用事で、曇り空の御茶ノ水界隈を歩いていた。楽器屋の立ち並ぶ坂道を歩いていたら、両親と共にハイティーンの女の子が楽器屋から出てきた。店の人が出口で見送る。

女の子はソフトケースに入ったギターを背中に背負っていた。父親が何か笑顔で話しかけている。女の子は真剣な表情だ。少し緊張しているようにも見えた。初めてのギターを買ってもらって、嬉し楽し恥ずかしいといった気分なのだろう。その様子を目にして、自分にも似たような記憶があることを思い出した。

初めて買ってもらったのは電子ピアノだった。小学生の頃、音楽教室に通わされていて、自宅での練習用に買ってもらったのだ。でもその頃は音楽にさほど興味もなく、半ば強制的に弾かされていたピアノはあまり楽しいものではなかった。

そして中学に入り、小遣いでCDを買い始めると、サックスの魅力に取り憑かれた。優しい音色も出れば、ハードでしゃがれたような音色も出る。なんだか色っぽくで大人だなぁと感じたわけだ。

15〜6の時に、わずかな金を握りしめ、勇んで楽器屋に向かった。今日からサックスプレイヤーになるのだと、妄想豊かに鼻息荒く、勢いだけで楽器屋に乗り込んだ。憧れのサックスが棚に陳列されていた。金色にピカピカ光っていて、シブい、カッコいい。値札を見てみたら、その値段の高さに驚いた。ゼロが想像していたものよりひとつ多いのだ。

こりゃ手が届かないやとサックスを買うのはその場であきらめた。勢いがあった分、消沈も早かった。でも、そのまま手ぶらで帰るのも癪にさわるし、高揚した気持ちもおさまらない。

そこで向かったのがギター売り場。

世の十代はまずギターから入るっていうじゃないか。世間に倣ってギターにしてみるか?ナヨナヨしている雰囲気のあるギターはあんまり惹かれないけど、どんなもんなんだろ?

迷いに迷った挙句、2〜3万のギターを買って帰る少年。欲しかったものとは全く違うものを手にしているのに、なぜかとても興奮していた。きっと、嬉し楽し恥ずかしい気持ちでいっぱいだったはずだ。

後に、そのギターはクラシックギターと呼ばれるもので、世の十代が弾いているものとは全然違うという事実を知り愕然とするのだった。確かにネック幅が広くて弾きづらいし、音はポロンポロンと柔らかいし、ロックに合わないなぁと思っていたのだ。

それでもせっかく自分の意思で初めて買った楽器だし、そのまま放り投げることなく、一生懸命毎日弾いた。そのうちギターが楽しくなってきて、サックスのことも忘れギターに没頭した。バカだからギターを抱いて寝ていたこともある。それくらい愛おしい存在になっていった。

そして、あれから約20年経った今もギターが好きだ。ゼロの数がひとつ多い楽器が買えるようになっても、サックスではなくギターを買ってしまう。とはいえ、サックスへの憧れはあの苦い思い出と共にいまだにあるのだが。

御茶ノ水で見かけた親子はとても平和そうだった。おとなしそうなお父さんが、これまたおとなしそうな娘さんにせがまれてギターを買い与える。それをお母さんが見守る。家でどんな会話が弾むのか、勝手に想像して、幸せ気分のお裾分けをいただいた。

いつか自分も子供を連れて楽器屋に足を運び、この親子のように嬉し楽し恥ずかしい気分に包まれながらこの坂道を歩けたなら、それはきっと幸せだろうなと思った。