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水風呂リテラシー

たまに、リフレッシュするため近所の銭湯に行く。泡風呂⇨サウナ⇨水風呂⇨泡風呂の順番で入る。泡風呂で背中に泡を当てて凝りをほぐし、サウナで思いっきり汗を流す。そして、水風呂に肩まで浸かり、開いた汗腺をきゅっと引き締めて、最後に泡風呂でもう一度身体を温める。このお決まりのコースでだいぶ疲れが取れる。

それぞれの風呂で自分なりの決まりがあるのだが、水風呂だけは周囲の環境に影響されるところが大きい。まず足だけを水風呂に入れる。胸に何度か水をバシャバシャかけてから、胃のあたりまで浸かる。少し間を置いてからゆっくりと肩まで浸かる。そして、膝を折りたたみ体育座りになる。あとはじっとするのみ。

ポジション取りも重要だ。必ず蛇口に対して対角線上に座ることにしている。溢れ出してくる水の勢いが一番弱まる位置というのがポイントだ。何故か。

水風呂の中でしばらくじっとしていると、身体の周りにほんのりと温かい膜が張る感覚を覚える。実際に温かいのだ。この時、なるべく水を揺らしてはならない。水が揺れると、この温かい膜が壊れてしまうからだ。そのため、水の流れが一番穏やかな場所に入るのだ。これが鉄則。

水風呂には、熱い風呂では得られない独特の刺激がある。疲れが取れる癒し効果と、新しい生気が吹き込まれる目覚まし効果の両方が、同時に訪れる。これが快感。頭の中が研ぎ澄まされ、身体の隅々まで感度が高くなり、まさに”生き返る”のだ。

先日のこと。ちょうどサウナから出たところで先客が二人、蛇口付近で足だけつけて談笑していた。静かに自分の定位置におさまる。ほどなくして温かい膜が張り始めた。

と、その時。左側からザブンと一人入ってきた。少々警戒し、これ以上動くなよと念を送る。膝のあたりの膜が少し剥がれたが、その他の部分はまだ無事だ。じっと耐えて、新しい膜ができるのを待つ。

入り方が雑なだけならまだ許せたが、あろうことかそいつは手や足で水を掻き回し始めた。足の周りも腕の周りも胴体の周りも、左側を中心にどんどん膜が壊れていった。ああ、壊れていく。大切な膜が、壊れていく。膜が無くなれば完全な丸腰だ。冷水に身体が蝕まれていく。

ひとしきりじゃぶじゃぶやったあと、そいつはどこかに行ってしまった。大して水風呂を楽しむわけでもなく、水風呂の恩恵を知りもしないで、静かな幸せを感じている他人のことなど気にもせずに、やりたいことだけやって出て行った。これだからリテラシーのない奴はイヤだ。もっと常識をわきまえて欲しい。水風呂の礼儀を学んでから出直してこい!

憤っていたその時、オバサンの従業員が誰かを呼びに浴場に入ってきた。各々好きなところで寛いでいた男どもは、蜂の子を散らすようにすごすごと隅っこに逃げて行った。浴場の中心にある水風呂には自分ひとり取り残された状態。

慄くな、男子ども。その程度で隠れるんじゃない。もっと堂々としていなさい。銭湯の主人公は我々だぞ。さて、これからじっくり膜を張ろうかな。

オバサン従業員のおかげで、ようやく水風呂で優雅な時間が送れたのだった。はぁ〜あ。