アンジェリカの微笑み


静かな映画だが、ショパン、雨音、鍬で畑を耕す音、労働歌、トラックの走る音、鳶の鳴き声。印象的な音が冒頭からラストまで至るところに溢れている。それでいて間が独特で、映像がまるで絵画のようにじっと動かないシーンも多々あった。そのため、鑑賞中は、まるで美術館にいるかのような気分に浸っていた。

心を奪われるということは、命を削られるということ。イザクは周囲が見えなくなり、寝ても覚めてもアンジェリカ。どうしたらアンジェリカに会えるだろうかとそればかり考えている。

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カメラのファインダー越しに微笑みかけるアンジェリカ。死んでいるはずの彼女は、まるで長い眠りから覚めたお姫様のように、はつらつと、光を放つようにイザクを見つめてにっこりと笑う。死装束に身をまとったアンジェリカは、それだけで神々しく見えたが、直にその姿を見たイザクは、もうその瞬間から彼女の虜となってしまったのだろう。

イザクの心を奪ってやまないのは、アンジェリカの存在だけではない。時代遅れの古いもの、例えば畑を耕す鍬。労働歌を口ずさみながら鍬を振り下ろし、段々畑を耕す農夫たち。彼らもまた、イザクの強い関心の的である。

イザクの部屋に吊るされているアンジェリカの写真と農夫たちの写真。一見、何の関連性もないこれらの写真だが、そこには生と死の混沌が表現されている。生きるために働く農夫たちと、死んで静物となったアンジェリカ。生と死、動と静、繋縛と解脱。

106歳で天寿を全うしたオリヴェイラ監督が、101歳の時に撮った作品。十分に理解するには、自分にはまだまだ修行が必要なようだ。