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クリムゾン・ピーク

ゴシック・ホラーを想像して観に行ったが、実際にはゴシック・ロマンス、またはロマンティック・サスペンスだった。

社長令嬢が嫁いだ先はお化け屋敷だったわけだが、お化けの声をよくよく聞いてみれば、本当に怖いのは人間のほうだった……というお話。

ギレルモ・デル・トロ監督の映画は映像が楽しい。本作は、黒を基調に黄や青や緑や赤が溶け込んで、フルカラーのコミックを読んでいるような気分になる。その真骨頂は、シャープ家の屋敷とクリムゾン・ピークの映像である。崩れかけた屋敷の中は、常に光と影が織り混ざって、ゆらゆらと見えないはずのものが見えそうな、美しくも不安定な雰囲気が漂っている。そして、クリムゾン・ピークの迫力。あんなにもショッキングな風景は、一度見たら忘れられない。

もう一つ楽しかったのは、それぞれのキャラクターの設定だ。

主人公のイーディスは、社長令嬢で小説家志望。ゴーストを見る能力もある。そんな彼女が、生贄に選ばれながらも、シャープ家のミステリーを解いていく。

幼馴染のアランは、眼科医。コナン・ドイルを愛読している彼が、イーディスの父親の不審な死の謎を解き、イーディスを救いに行く。真理の目を持つ者だ。

トーマス・シャープの気味悪さについては、工房にある人形の存在に注目したい。イーディスの目には、トーマスは発明家にしか映っていないようだが、あの工房の壁際に置いてあるマネキンのような女性型人形は一体なんなのか。トーマスのおぞましい裏の顔がチラチラ見える。

ルシール・シャープは、ことあるごとにトーマスに囁く。「今よ」と。また、社交界において極端に表情を殺しているのは、明らかに何か裏にあるはずだ。そして、クリムゾン・ピークで、ルシールの企みや忌まわしい真実が露わになっていく。ジェシカ・チャステインが、ルシールを妖艶且つ不気味に演じていて、引き込まれる。

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シャープ家の地下にあるドロドロの赤土が溜まっている樽は、金田一耕助シリーズ『悪魔の手毬唄』をすぐに連想させた。『悪魔の手毬唄』では、酒樽から死体が出てくるのだが、子供の頃に観たそのシーンが今でも脳裏にこびりついていて忘れられない。赤土の樽からはそのうちおどろおどろしいものが出てくるぞ、と期待しながら観ていたのは言うまでもない。