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定番のありがたみ

日常
仕事を終え家に着くと、外から音が聴こえてきた。そのリズムに乗った音が気になり、窓を開けてみた。ベランダから様子をうかがうと、音の出どころは近所の公園だった。町内会の盆踊り大会だ。

しかし耳に入ってくる音楽はいわゆる盆踊りらしい音楽ではなく、英語の歌詞を載せたちょっとテクノポップっぽい音楽だった。

少し度肝を抜かれ、最近の盆踊りは変わってるなと感心していると、今度は明らかにきゃりーぱみゅぱみゅが流れ始めた。摺鉦(すりがね)と太鼓が小気味よくリズムを刻んでいるところはいかにも盆踊りらしいのだが、「にんじゃりばんばんにんじゃりばんばん🎶」という軽く明るい今風の歌と音楽はどうにもちぐはぐで、不釣り合いなところが妙に面白い。だからと言って、この音頭で踊れないわけじゃない。リズムの速い盆踊りということでなんとなく成立している気がする。頭の中で、浴衣を着て櫓の周りを踊っている人々を思い描いた。

そうして、愉快な音が勝手に部屋に侵入してくるのを楽しみながら、夕飯の焼きそばを食べた。この焼きそばはまったくの偶然で、お祭りに合わせたわけではない。

そのうちEXILEでも流れ始めるんじゃないかと心配していたが、最後は定番の東京音頭でしめてくれた。これを聴くと安心する。変わり種からは得られない定番だからこその安定感と安心感。

定番=ベタなことの「良さ」に気付いたのは30を過ぎてからだった。東京音頭がもたらしてくれる懐かしい記憶や空気は、決して自分自身の思い出ではないかもしれないが、ノスタルジーとファンタジーの中間で気分を良くしてくれる。

綿飴を頬張りながら母の手に引かれて歩いた屋台の沿道。
ヒーローのお面をかぶり、おもちゃの銃を握りしめ走り回ったお寺の境内。
気になるあの娘と友達以上恋人未満の微妙な時期に、友人たちに誘われるがままついて行った花火大会で出食わし、少し離れた位置から横目でチラチラ盗み見しながら飲んだラムネの味。
ホロ酔い気分で人波から外れ、石段に腰掛けて往来を眺めているうちにふと襲われた孤独感。
目に入れても痛くない愛娘を肩車して盆踊り会場へ向かう途中、歩くごとに聴こえたアスファルトの上を引きずる下駄の音。

このような思い出が走馬灯の如く頭の中を駆け巡るのだ。たとえ嘘の思い出が8割だろうと、脳の奥に染み付いた記憶のような気分で物思いに耽ることができる。

それが東京音頭の力、つまりは定番の威力なのだ。