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ジュラシック・ワールド

22年前に『ジュラシック・パーク』を観た時の衝撃を覚えている。リアルな生き物としての恐竜がスクリーンに映し出され、映画技術に圧倒されたものだ。

その後のジュラシックシリーズについてはあまり記憶に残っていない。観たはずなのだが、どれも肩透かしのような感触で、第1作目のインパクトには勝てなかったのだ。

果たして本作はどうか。これだけCG技術に慣れてしまった今、第1作目を凌ぐ衝撃を与えてくれるのだろうか。そういう不安というか懐疑的な気持ちを持って劇場に向かった。

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当初は話題の4Dで鑑賞する予定だったが、これが全然予約できない。チケットは文字どおりあっという間に完売し、常に2日先までソールドアウト状態なのだ。

いつまで経っても状況は緩和されないため、IMAXでチケットを購入した。本作は、3D/IMAX向けに制作されたので、寧ろ4DではなくIMAXで観ることのほうが本道といえる。

本編が始まり、早速ある違和感を感じた。ザックとグレイというティーンの兄弟が登場するのだが、この2人のルックスが古い。70年代以降のハリウッド映画に出てくる古典的なティーネイジャーといった感じだ。

リゾート地であるジュラシック・ワールドの光景やその後登場する人物たちには『ジュラシック・パーク』へのオマージュが詰め込まれている。ただこれにも、懐かしさよりも古臭さのほうを強く感じた。

本作のメインキャラクターは何と言ってもハイブリッド恐竜インドミナス・レックスだ。この凶暴な恐竜の大立ち回りは激しくて楽しいのだが、中盤に差し掛かるとやや中弛みしてくる。何故か。現れ方や怖がらせ方に変化が無いためだ。

話の筋はどうでもよくって(ストーリーを追いかけているとイライラしてくる)、とにかく恐竜たちの生の感じをせいぜい楽しむ映画だ。つまり、映画というよりもアトラクションとして楽しむべき作品なのだ。そうなるとやはり、4Dで観ないわけにはいかない。きっと新たな体験ができるに違いないだろう。

さて、話は少し横にそれるが、序盤にこういうシーンがある。園内で同行していたお目付役が目を離した隙に、2人だけで好きに遊びたいから逃げちゃおうぜ、と16歳のザックが11歳の弟グレイを誘い出すシーンだ。具体的に原語で何と言っていたか忘れたが、「今だ。行くぞ」というようなニュアンスのセリフだった。

このシーン。日本語字幕ではこうなっていた。

「ズラかろうぜ」

ああ、やっぱり冒頭で感じた違和感=ザックとグレイの古臭さは間違ってなかったんだ、と思った。現代っ子にわざわざこの言葉のチョイスを持ってくるとは、この映画はオールド・ファッションであるという日本の配給会社のメッセージに他ならない。

そう考えると、すべてに合点が行く。使い古されたキャラクターと設定。エンディングも確かにオールド・ファッションだった。本作そのものがジュラ紀の映画なのだ。



冒頭で述べたが、本作は果たして『ジュラシック・パーク』の衝撃度を超えることができたのか?

残念ながら、映像もストーリーも、『ジュラシック・パーク』の足元にも及ばない。観る側があまりにもCG映像に慣れてしまったからという回避しようのない要因があるので、致し方ない感はある。だが、それ以上に大きな問題が本作にはある。

『ジュラシック・ワールド』には、恐竜への畏怖や親愛の念が足りない(親愛の念とは決して恐竜を調教したり仲良くなったりすることではない)。また、学術的知識欲を満たしてくれないだけでなく、登場人物の心理描写や言動の背景が希薄で、映画として満足させてくれないのだ。

だから、繰り返しになるが、本作は4Dでアトラクションとして楽しむべき作品だ。