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おもいで

日常
夏の終わりに建て壊す予定のそのホテルは、赤ん坊の頃から10代の途中まで通っていた思い出のある場所。

今日は遅めの昼食をそのホテルのレストランで取った。久方ぶりの店内は、記憶の中より小さく感じた。窓ガラス越しに中庭が見える席で、懐かしのビーフカレーを食べた。昔は窓ガラス脇はカウンターになっていて、生意気にもそこが定位置だった。

給仕係の身なりやサービスについては、ひどく質が下がっていてがっかりしたが、ビーフカレーの味は昔のままだった気がする。

柔らかく煮込まれたビーフを頬張っていると、中庭に和装の新郎新婦が現れ記念撮影が始まった。晴れた空から降り注ぐ日差しが、新婦の白無垢に反射する。

昔、本当に幼い頃、『E.T.』が劇場公開されて一躍子役スターになったばかりのドリュー・バリモアとこの中庭で一緒に写真を撮ったことがある。たぶん、そのときも昼食にビーフカレーを食べていた。そうすると、ドリューのスタッフがこちらの席までわざわざやって来て、声をかけてきたのだ。

少し離れた席で食事を取っていたドリュー・バリモア自身が、おとなしくビーフカレーを頬張っている同年代の日本の男児をどういうわけだか気に入り、記念撮影を撮りたいと申し出てきたというわけだ。

当時は幼すぎてまったくもってポカンだったが、いま考えると随分稀有なシチュエーションで、面白い。

季節までは憶えていないが、その日も空は晴れていた。中庭で隣り合って立つドリューと自分。スタッフのアメリカ人男性がカメラを向けてくる。嬉しいという感情は無く、唯々恥ずかしかった。相手がドリューだからというよりは、純粋に女の子だからという理由で恥ずかしかった。顔をしかめていたのは、日光が眩しかったからだけではない。

最後にドリューはお礼にとアラレちゃん人形をくれた。写真撮影の際も彼女がずっと抱えていたものだ。

アラレちゃんは好きだったが、人形をもらうのは男としてちょっと違うと、心の隅で思った。それでも、もらえたことは嬉しかったに違いなく、アラレちゃん人形を大事にうちまで持って帰ったあとも、しばらく部屋に飾っていた記憶がある。

そんな出来事も数ある思い出のうちのひとつ。その空間に残された当時の空気を、ゆっくりと噛み締めながら、過去と現在を行き交ってみた休日のひととき。

思い出の場所は、移り変わる。